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【シゴトを知ろう】文楽の技芸員(太夫・三味線・人形遣い) ~番外編~

  • マイナビ進学編集部
  • 2017.02.17
【シゴトを知ろう】文楽の技芸員(太夫・三味線・人形遣い) ~番外編~

声優兼ストーリーテラーとして物語を展開していく“太夫(たゆう)”、ドラマチックな音色で物語の進行を盛り上げる“三味線”、息をのむほど表情豊かな“人形”の三位一体で演じられる文楽(ぶんらく)の舞台。若手の太夫として活躍されている豊竹咲寿太夫(とよたけさきじゅだゆう)さんに、10代の頃の迷いや文楽の世界で生きていく決意をしたときのお話などを伺いました。

20歳になって初めて文楽を“仕事”として捉えた

撮影:渡邉肇
撮影:渡邉肇

――咲寿さんは中学1年生で今の師匠に弟子入りされたそうですが、一般的な中学生とは全く違う世界にいたことで周囲とのギャップを感じることはありませんでしたか?

中学・高校は公立高校に通い、部活にも入り、決して文楽漬けというわけではなくみんなに混じって普通の学生生活も送っていました。ただ学校と違って能動的に学ばないといけない芸の世界に生きていたので、同級生と話していて感覚が合わないのかなと思うことはありました。なにせ中学生の頃のあだ名が「パパ」でしたから(笑)。周りからは大人びて見られていたのかもしれません。


――中高生の当時から“プロ意識”を持っていたのでしょうか?

自分ではそのつもりでしたが、やはりどこかで甘えはあったと思います。中学生の頃から小さな舞台に出させてもらい、高校生のときに大阪の文楽劇場で初めて本格的な舞台を踏み、高校を卒業していよいよ東京の文楽公演の拠点である国立劇場の舞台に立つことになりました。
ところが初めて東京に来たときに迷いが表れました。18歳の頃は東京ってもっとすごいところだと思っていたのですが、文楽の劇場は実は大阪のほうが広かったり、いろいろと拍子抜けしてしまったんです。思い描いていた未来のイメージとのギャップから「このまま一生文楽を続けるのか」と悩んでしまい、半年間お休みをいただきました。悩み抜いた末、20歳のときに文楽で生きていくと決意をして戻ってきたのですが、そのときが文楽を“仕事”として認識したスタートだったと思います。


――その決意をしたときには何かきっかけがあったのですか?

幼稚園時代の恩師の一言がきっかけになりました。僕は小児ぜんそくで幼稚園生活の3分の1くらいは入院していた体の弱い子だったのですが、薬に頼らず自分の力で治すため、体操教室に入ったんです。体操を頑張っているうちに体がどんどん強くなり、ぜんそくも治りました。恩師というのはその体操教室の先生なのですが、20歳になったときに飲みに誘ってくれたんです。2人でほろ酔いになったときに「お前の10年後が楽しみや」と言われ、その一言で決まりました。先生のためにも頑張ろうと思ったんです。だから僕はその先生に二度人生を救ってもらったことになります。

メインの場面を演じられるようになるのが一つの節目

――小さい頃からいろいろな舞台を観られてきたそうですが、その中でも文楽が一番好きだと思ったのでしょうか?

子どもの頃から祖母や母に連れられて文楽や歌舞伎、ミュージカル、コンサートなどいろいろな舞台を観る機会がありました。でもやはり文楽が一番好きですね。大阪発祥の芸能で、語りも大阪弁で、自分の暮らしていた街に劇場がありましたので。そもそも子どもの頃は文楽が伝統芸能とは思っていなくて、地元の演劇として観ていました。それくらい愛着がありましたから、何を見ても文楽が一番好きだなと思うんです。


――文楽の技芸員さんは現在80人ほどいらっしゃるそうですが、咲寿さんのような若い世代の方もいらっしゃるのでしょうか。技芸員への門戸は開かれていますか?

20代の技芸員も現在十数名ほどいます。LINEでつながっていてお互いの誕生日にはスタンプを送り合ったりして仲がいいですよ。文楽は実力主義なので世襲も容姿も関係ありません。今は研修生制度があるので試験を受けて入ってくる人もいますし、僕のように最初から師匠に弟子入りするパターンもあります。太夫は関西弁のイントネーションを習得する必要がありますが、関西以外の出身の方もいらっしゃいます。

撮影:渡邉肇
撮影:渡邉肇

――太夫さんはどのようにキャリアを積み上げていくのですか?

文楽の演目は一段目、二段目……と“段”に分かれて上演されますが、段は小説でいうところの“章”のようなものです。僕らのような若手がやらせてもらえるのは序章や、物語の合間に挟まれる小休止のような場面です。『ハリーポッター』で言えば最強の敵であるヴォルデモートと対決するようなシーンはまだ演じられません。そのようなメインまたは伏線となる場面を演じられるようになることが演者として一つの節目になります。今公演中の『仮名手本忠臣蔵』(平成28年12月公演)でしたら主要人物の一人である加古川本蔵が死を遂げる九段目がそれに当たります。50〜60歳くらいの脂が乗った太夫さんが演じることが多いですが、そこまで行ってもまだ満足にできず師匠に怒られるという世界なんです。


――喉が大切なお仕事なので風邪をひいたりしたら大変でしょうね

でも風邪をひいたときこそ学べることもあるんです。広い劇場で生の声を届かせるには腹式呼吸で発声しないといけません。喉を使って声を出しているとなかなか義太夫の発声にはならないのですが、風邪で喉を痛めてお腹から声を出すしかない状況では、逆に普段よりいい発声法で声が出せるんです。僕も一度風邪で喉がガラガラになったことがありますが、先輩には「その声の出し方を勉強していけばいい」と言われました。

世界中で知られている文楽を日本の人にもっと広めたい

――プライベートでの体験が芸に生きることはありますか?

あります。そもそも僕にとっては文楽が全てなので、あらゆる体験が生きます。宝塚やミュージカルなどの舞台も好きでよく観に行くのですが、僕は太夫なので発声の仕方に注目してしまいます。映画も大好きなのですが、物語がどのように構成されているかという観点で観ることが多いです。家電量販店などで買い物をしているときも、店員さんですごくいい声を出している方がいると「うちに来ませんか?」と言いたくなります(笑)。「どうやってあの声を出しているんだろう」とうらやましく思うことも。“声”は普段からよく聞いていますね。


――今後チャレンジしたいことはありますか?

実は文楽って世界的に知られている芸能なんです。ポール・マッカートニーのミュージックビデオに登場するニューマンという人形や、ミュージカルの『ライオンキング』に出てくるライオンたちにも文楽の人形遣いの技法が用いられているんですよ。映画の『スターウォーズ』のエピソード1に出てくるC-3POもそうです。試作段階のロボットという設定でまだ骨組みだけだったので、中に人が入って動かすことができず、監督のジョージ・ルーカスは考えた末に文楽の人形の動かし方を取り入れたそうです。そんな風に世界に広まっている文楽の魅力を、僕は日本の人にもっと伝えていきたいなと思っています。


――咲寿さんがそうだったように、子どもたちにも生の文楽の舞台をもっと見てもらえるといいですね。

それが大事だと思います。小さい子に見せても分からないだろうと言う人もいますが、小さい頃から見ていた身としては、最初は分からなくてもいいと思っています。舞台を見たという記憶は脳裏に焼き付くものですから、まずは見ること・体験することが大切です。僕たち演者も出し惜しみせず、たくさんの人に見てもらえるよう活動していきたいですね。



文楽をもっと広めるためのアイデアは、咲寿さんの頭の中にはたくさんあるようです。将来は太夫さんとしての大成はもちろん、咲寿さんがプロデュースする新作などにも期待できるのかもしれません。人生をそれに懸けた人たちが作り上げる濃密な文楽の舞台を、みなさんもぜひ一度観に行ってみてください。


【profile】豊竹咲寿太夫
Blog:http://ameblo.jp/sakiju/
Twitter:https://twitter.com/sakiju
日本芸術文化振興会:http://www.ntj.jac.go.jp
文楽協会:http://www.bunraku.or.jp

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